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僅かな金を皆で出せば、大金となり有効活用される。

 先日いつものスタンドにガソリンを入れに行った。

「明日から値下げしますが入れますか?」と親切に尋ねられる。

今日でなくとも良いのだが、2円上がることを言ってくれた姿勢に、そのまま給油してもらった。

58ℓ×2円=116円。

それ何・・・まだ(残量に)ゆとりあるのにと、妻が言う。

女性は経済観念を強く持って生活している。

男は心意気で生活していると私は思っている・・・少なくとも私の年代は。

 

 私が小学低学年の頃、傷痍(しょうい)軍人~戦争で障害者になった軍人~が、毎年定期的に数日泊まっていた。

白い服に軍帽をかぶって木製の募金箱を持って家々を回るのだ。

 夜に沢山の小銭を広げると、10円玉がほとんどで、まれに100円札や5円玉がある。

その金で宿賃を清算し、そして飲み歩くのだ。

 

 子供ながらに計算して、考えた。

1軒平均20円で、300軒回れば6000円。ラーメンが60円の時代。

 出す方が気にならない程度の額が、受ける側では大金になることをすごいと実感したものである。

これが、今の私の寄付行為の原点にあると思う。

 

 この頃母に、大きくなったら何になるかと尋ねられていた。

お菓子屋さんと言うと、お菓子屋さんは売れ残ったものを食べなければならないと言われ断念した。

 天皇陛下の写真を売り歩く泊客に天皇陛下のことを聞いて、天皇陛下になると言ったら、なれないと笑われた。

 今度は自信をもって、大きくなったら傷痍軍人になると母に言ったら、長々と説教された。

 

 自分の貯金箱はなかなかたまらないのに、皆で(一か所に)貯金すれば1日でたまる・・・この集約係をするだけなのだが。

 コツコツまじめに働くこと、信頼されることなどを言われたようだが、何で怒られているかを考えるので精いっぱいだったような気がする。

 

 それからは、大きくなったら何になるかを考えないようにした記憶がある。

 

小豆畑の風景

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小豆の刈取り風景

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小豆畑の雑草取り

間もなく刈取りなのに雑草を取る。

無意味とわかっていながら、じっとしていられないと言う。

この気持ちが有るか無いかが問題なのだ。

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