消防団員に関する想い(最終)

 

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 前職を退くにあたり、お世話になったと現在使用している小型車『スターレット』をプレゼントしたいと言われる。


 どうしても気持ちを受け取ってくれと頑張るので、1万円で買うことで妥協した。

 

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 真冬は、定期的にエンジンをかけなければバッテリーが上がってしまう。


 我が家は旅館で、周りは飲み屋街(今は無い)
毎日挨拶代わりに飲み歩いていたので車を動かすことも無い。
それで、消防までの200mを車で通っていた。

 

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 署員が暇を見てはエンジン等を整備してくれていたので、厳寒の朝も一発でエンジンがかかる。


 エンジン不調な泊り客の車をしり目に、走行しようとするとガラスが凍りついて前が見えない。


カッコよく出発したのだから、止まるわけにもいかない。


 窓から顔を出して、強烈な寒風を浴びながらの運転、
消防までの200mは遠かった。

 

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 車を覆うテントもついていたので、翌日からはテントを使用。


 テントをめくると窓に氷は付いていない。
だが、テントを片付ける時間の余裕もない。


 それでテントを両ドアに挟めて、テントを引きずりながら進むと、「よう~、1万円」と声がかかる。


何でも有の時代と24歳の若さが成せる業。


(5年後古鉄を扱う知人に譲ったら7,000円くれた。
    差引3,000円の車、甥に買ってやった三輪車が高く思えた)

 

 

 

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 私が小学5年のある未明、我が家の向いの家具店から出火して大火となった。


 熱で砕ける窓ガラスの音で起きたとき、隣で寝ていた父はいなかった。


 分団長に状況を尋ねられて「我が家に燃え移った頃だ」と言いながら父(団長)は各分団に放水場所を指示したそうだ。


消防団員とはそんなもの。

 

 

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(演習以外の写真は拡大できます)

 団員も署員もみんな年上だが、普段の付合いはしていた。
 元団長の息子ということもあり、皆が面倒を見てくれ、だんだんと署員と団員が仲良くなっていった。


子供をはさんで夫婦が仲良くなる感じ。


 前職から比べれば半分にも満たない仕事量。
このままとどまりたいと思ったのだが、定数外の立場。


 私の役目は無くなり3月31日、5か月で消防を後にすることになる。

 

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口移しする何かの虫、見えるかな? スズメにピロリ菌の心配はないのだろうか?



 団員からは冗談で去ることを惜しまれた。


 火事は数年に1度あるかないかの確立なのに、5か月に3回もの火事、それもボヤだからすぐに終わる。


 全焼もボヤも1回の出動(手当)になる。
日当(税の対象)と費用弁償(税の対象外)を合わせたのが手当。


 費用弁償の割合を高くして税対策をした。(今はわからない)

 

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 そして一般行政職となって2年ほど経った頃、
ある行政方法に不満を持って団員全員辞職する動きが起きた。


 当該課長が、担当外の平の私に対応してくれと言う。


 分団長を含め団員とマージャンをしながら、

私は「団員を辞めてから、サイレンが鳴ったらどうする」と尋ねた。


「・・・そんなのは・・・・・・」答えられない。


団員は純粋な根っからの団員。
団員はサイレンを無視することはできない。
・・・団員はそんなもの、それが団員。

 

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(スズメよ、無い頭で考えても答えは出ないぞ・・・行動するのみ)


 年寄りの想いで話、長い間お付き合いを頂き有難うございました。


 認知症は昔話を語るようになる特徴があるが、
まだ私は認知症ではないはず・・・きっと。