マガモとオダマキ

マガモ

 先日ある社団法人から1万円が届いた

出品した写真が佳作になったと

 昨年は、今年のカレンダーと絵葉書に採用したと

絵葉書10部とカレンダー20部が届いた・・・賞金は無い

自慢でもすれと言うのか・・・処分に苦労した

オダマキ

 小学5年生の火事の経験から(続き)

 子供ながらに火事の後片づけを続けていたが

太い柱は周りだけ焦げていて、崩れ落ちる柱の姿に涙したその柱だと想像できた

 これらの柱はなかなか手に入らない木なので、大工さんの教えで焦げを削って新築に使うことにした

 ほぼ全焼の貸本屋さんの本は、水がかかっていないのに、ほとんどそのままの状態であった

 紙や木は燃えやすいと思っていたが、本のように圧縮された紙やかたい木は燃えにくいことを知った

そして木が焦げて炭になることも知った

 火事の記憶が鮮明すぎるせいか

焼け残った麻雀荘と柾工場の狭い場所で、どのように暮らしたのかの記憶はあまりないが

 常連客の日用雑貨の問屋さんが、無理やり泊まって見本の品々を置いて行ってくれ、それが役に立った

 多くの方々がいろいろと金品を持って見舞いに来てくれて 恩を忘れたらだめだと母に何度も言い聞かせられた

 そして、相手の気持ちや状況を考えた見舞いをするようにと、見舞い品である包丁とまな板が役に立つと喜んでいた