高卒50周年同期会、友は若かった。

 高校同期会を終えて、事務・会計処理も無事終了。

当然に世話人の打ち上げ、また飲むのかとニヤケながら言いつつ全員参加し完結。

 

 同期会は逝去者の黙とうから始まった。

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 確認されている逝去者は18人だが、実際はまだ多いのだろう。

発表される逝去者名を聞き、あちこちでざわめく。

 

 乾杯の音頭が過ぎれば、会場の雰囲気は学生の集合体。

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 6時から始まった会も、二次会までほぼ全員が夜中の11時過ぎまで飲み、語り続いたが、もめることなく、つぶれることなく表情は元気そのもの。

  校歌もそれなりに歌っていた。

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 元気そうに見えていても、それなりの顔には年相応のものがある。

 女性のアップの写真は、シワやシミを程々に取って修正してやるのだが、本人は「写りが良いから遺影にしようかな・・・私のカメラは良くないからきれいにならないの・・・」と言うのが通常。

 彼女たちが言う良いカメラほど、クッキリとシワ・シミが表現されることを知らず、そして己の顔を自覚しよう(受け入れよう)とはしないようだ。

  同期会の参加者84名の写真をそれぞれに振り分け、プリントやCDで送付したが、CD希望者は25人。

 パソコン使用者はまだ多いはずだが、我々の年代はペーパーレスに慣れていないようだ。 

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 同期会の準備からこれまでの間、文化祭の作品(写真)出展やボランティアなどもあって、TVでさえも野球観戦がまともには出来ない状態だったから、日ハムの優勝も実感がない。

 

 冷たい日が続いていて、今シーズン3度目の雪が降ったが、天気予報では雪マークが続いている。

11月上旬にして、晩秋の候ではなく、初冬の候と表現しなければならないようだ。

XJAPANラストライブの記念ワイン

  夫婦揃って大ざっぱな生活をしている。

子供がいない2人の生活なので部屋数は少ないのだが、収納スペースをふんだんに作ったのがまずかったようだ。

 クローゼット、押入れ、タンス部屋など、一般家庭の2倍以上あろう収納スペース、それでも足りず私の書斎であったはずの部屋まで衣装ケースやダンボール箱が積まれている。

 年に数回処分しているのだが、すぐに増える。

(いつも感心しながら読んでいる、id:cutekitten03さんの

21日・22日のブログの心境を思い起こす)

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 先日も整理していたら、X JAPANラストライブの記念ワイン(空瓶)が出てきた。

 関係者に配られたのか、フアンに提供されたのかはわからないが、滅多に手に入らないものだといただいたものだった。

 私の家に集まった新年会で、皆で飲んだワインの空瓶。

そのワインのコルクには金粉がついていた。(高級なワインは、液に触れる部分のコルクに金粉のようなものができる??そうだ)

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 空瓶をほしいと言っていた人がいたが、誰だかわからずそのままに保管して長い年月になる・・・言った本人ももう忘れているだろう。

 私が「捨てる」と言うと、「ほしい人もいるはず、捨てるのはいつでもできる」と妻はまたどこかにしまった。

 何度このような会話をしたことか、そしてまた不用品が増えていく。

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 「死んだ人のものはなかなか処分できないのだから、自分のものは生きているうちに片づけて」と言われ、アルバムの一部をスキャンしたりしていろいろ私のものを処分したが、妻はアルバムなどもそのままにしてある。

 きっと私が先に死ぬと思っているのだろう。

家系から見ると私の方が長生きするはずなのだが。

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  課長になった時「給料が上がったので、月の小遣いを上げてほしい」と言ったら、「小遣いではなく、みんな貴方のものでしょう」と言われ、そうだなと思っていたが結局だまされたのだった。

 家に帰ると財布などはテーブルに置き、妻は財布をチェックして不足額を補充していたのだが、金の使い方が激しい時期、財布がチラシの陰に隠されていて補充されないであった。

 私は何も言えずその現状を甘んじて受けるだけだった。

全部私の金なのに。

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ファイターズが連勝したので、写真の追加。

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主導権を持つ者とその自覚(その3~最終)

 物事を進める場合、そのやり方はいろいろ有り、それぞれにメリット・デメリットがある。

提案者(主導権を持つ者)は自分なりに全体を考えたうえで、その方法論を提案する。

 ところが提案に対し、断片的で思い付きの意見を言う者(上司や同僚)が現れる・・・対案も持たずに。

 断片的なメリット・デメリットの論議が始まり、時には言葉遊びのようにもなる。

 大きな問題がある場合は別だが、時には上司であろうが提案者の言われるままに動くことも必要。

 行動の中で問題が起きたら、具体的に協議すればいい。

最後まで部下に主導権を持たせ見守ってやるべき。

これができない上司は大よそ責任逃れをする上司。

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 紅葉の状況を見に行くと仮設の売店があった。

300円のキノコ汁を飲んだが、小さなキノコが2個入った味噌汁に寂しさを感じた。

 気を取り戻し、コクワの実を買った(しばらく山ブドウやコクワの実を見ていないと話題になることがあったので)

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 マタタビの実の瓶詰めも買った。

マタタビに実ができること、人が食べられることを初めて知った。 

   (若かりし頃、野良猫の通り道にマタタビの枝(ツル)を置 

   いたが、2匹の猫は踏んづけて通り抜けた。

   細かく切ったらどうだ・・いぶしたらどうだ・・と知らな 

   い者とわからない者で語ったが結論は出なかった。)

 

 家に帰ってからネットで調べたら、「足が疲れ切った旅人がある実を食したら、また旅に出られるほど元気になったことから『マタタビ』と呼ばれるようになった」とのこと。

 しかし、猫が喜ぶのはマタタビの粉末、液、とあるが、実なのか枝なのかがわからない。(知っている人は教えてください)

 塩漬けしたマタタビの実は漢方のような匂いだが、コクワの実とマタタビの実を、あちこちで食させ昔話をした。

 饅頭や餅をどうして買わなかったかと妻に怒られた。

妻はコクワもマタタビも食しなかった。

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主導権を持つ者とその自覚(2)

  札幌都心で障害者の社会環境(バリアフリーなど)を、車いす利用者で調査したことがある。

終えての懇談会で、「段差で動けなく困っていた時、それを見ながら誰も声をかけてくれなかった」と障害者が発言した。

そして会場は同情の声とあわれみの拍手が続いた。

 私はためらいながらも、このままではまずいと思い発言した。

誰が声をかけるべきだったか?「手伝ってください」となぜ言わなかったのかと。

どうすれば良いのかがわからない通行人に対し「手伝ってくださいの」一言があれば、貴方の悔しさも、親切な通行人の悩みも解決したはずだと。

   (もちろん通行人から声をかけられるようになるのが理想 

    なのだが)

 皆から同情を受けて満足している雰囲気の中で、発言した私も聞く側の人にも厳しい発言だったが、これが『障害者に哀れみで接してほしくない』と言うそのもの。

主体者が、主導権を持つ者であることを自覚してほしい。

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 今日はファイターズの日本シリーズ進出決定で気持ちがいいので、写真を多く添付しよう。

 

 いつも身近な自然を美しく表現している、『ばう』(id:masatdm1951)さんのブログで、酔芙蓉(すいふよう)があった。

 『風の盆恋歌』という小説(高橋治著)や、歌(石川さゆり)の中に出てくる酔芙蓉は、寒い北海道では露地栽培は出来ない。

私の知人がこれに何年も挑戦し、数年前の暑い夏、ついに露地栽培に成功した。

記録として沢山の写真を撮って、その後彼女は再度の挑戦はしなかった。

 

朝の酔芙蓉は白い。 左上の赤いのは昨日咲いてしぼんだもの。

開花は1日限り。

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昼頃はピンク

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夕方頃

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 北海道ではヤーコンの花はめったに見られない。(温暖化で以前よりは見られるが)初霜で花が咲く前に落ちてしまう。

写真は初霜の前に咲くことができたヤーコンの花。

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夕焼け

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主導権を持つ者とその自覚(1)

 現職の時、幹部会議で「挨拶をしない職員がいるので挨拶をするよう部下に注意すること・・・」との発言と同意の声。

この発言をした者たち自身が住民から挨拶がないと言われている。

批判されている職員は、確かに会釈だけで、声を出しての挨拶がないことがある。

    (会釈が適当な場合もあるが)

 彼らはある意味気が弱いから、2段、3段高い上司より先に声をかけられないのだ。

だから、最初は私の方から声を出し挨拶をすると、彼らも声を出して挨拶し、その後は私を見かけると、先に声を出して挨拶をしてくれる。

 職場の通常は上司が主導権を持っている。

上司が先に声をかけてやれば、部下も声を出すことができる。

手を差し伸べられるのは主導権を持つ上司(強者)なのだ。

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皆が楽しんでいる陰で、ひっそり悲しんでいる人もいる。

 7クラス350人ほどいた卒業生、住所不明者と逝去者を除く277名に案内状を発送した。

 発送は年々減ってきて、今回も15通が不在で戻ってきたが、86名から出席の返信が届いた。

 

 返信期限も過ぎても返信無しが43人もいる。

返信の出し忘れや同期会を無視する者もあるだろうが、出せない心境や対応できない環境にある人もいるのだろう。

 皆が喜ぶだろう大きなイベントのその陰で、悲しみや苦痛もおきている。それが一時の心情であろうが、僅かな人数であろうが。

 

 返信には、参加できる喜び、参加できないが懐かしい声、発起人に対する感謝の気持ち、近況報告などのメッセージがついている。

 多数の意義・希望のために、少数の犠牲(我慢)をもたらしているのだが、少数の犠牲を開放するために、多数の希望を抹殺することもできない。

 そんなことをふと考え、しばし悩み、そして何の対処も出来ずに疲れる。

 

 「50年ぶりの出席で少々気後れしていますが、宜しくお願い致します。正直かなり迷いましたが、札幌開催ということで思い切って見ました」

このメッセージを読んで私の手が止まった。

第三者には理解しがたいかもしれないが、まじめな人に多い真剣な悩み。

 一度離れてしまった者が、元の集団に入るときの悩む気持ち。

『札幌開催』をキッカケとして悩みを自分で解決したのだろう。

これまで何度も何度も悩んだのだろう。

 物事を進める場合、多数派や主導権を持っている者が、いかに声をかけるか、手を差し伸べるか、キッカケづくりをするかが重要なのだが、なかなかできないものだ。

 

 同期会の日も近づき、会場の席決め、部屋割、しおり、プロジェクター用画像作りなどは順調に進んでいる。

詰まったら当事者に希望や意見を聞いて、取り入れればよいだけのこと。

淡々と作業を進めれば終えることができる慣れた仕事。

 

プロジェクター用画像の一部

(始まりの画像)

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( 恩師からの近況報告(長文)の一部)

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(最後の画像)

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僅かな金を皆で出せば、大金となり有効活用される。

 先日いつものスタンドにガソリンを入れに行った。

「明日から値下げしますが入れますか?」と親切に尋ねられる。

今日でなくとも良いのだが、2円上がることを言ってくれた姿勢に、そのまま給油してもらった。

58ℓ×2円=116円。

それ何・・・まだ(残量に)ゆとりあるのにと、妻が言う。

女性は経済観念を強く持って生活している。

男は心意気で生活していると私は思っている・・・少なくとも私の年代は。

 

 私が小学低学年の頃、傷痍(しょうい)軍人~戦争で障害者になった軍人~が、毎年定期的に数日泊まっていた。

白い服に軍帽をかぶって木製の募金箱を持って家々を回るのだ。

 夜に沢山の小銭を広げると、10円玉がほとんどで、まれに100円札や5円玉がある。

その金で宿賃を清算し、そして飲み歩くのだ。

 

 子供ながらに計算して、考えた。

1軒平均20円で、300軒回れば6000円。ラーメンが60円の時代。

 出す方が気にならない程度の額が、受ける側では大金になることをすごいと実感したものである。

これが、今の私の寄付行為の原点にあると思う。

 

 この頃母に、大きくなったら何になるかと尋ねられていた。

お菓子屋さんと言うと、お菓子屋さんは売れ残ったものを食べなければならないと言われ断念した。

 天皇陛下の写真を売り歩く泊客に天皇陛下のことを聞いて、天皇陛下になると言ったら、なれないと笑われた。

 今度は自信をもって、大きくなったら傷痍軍人になると母に言ったら、長々と説教された。

 

 自分の貯金箱はなかなかたまらないのに、皆で(一か所に)貯金すれば1日でたまる・・・この集約係をするだけなのだが。

 コツコツまじめに働くこと、信頼されることなどを言われたようだが、何で怒られているかを考えるので精いっぱいだったような気がする。

 

 それからは、大きくなったら何になるかを考えないようにした記憶がある。

 

小豆畑の風景

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小豆の刈取り風景

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小豆畑の雑草取り

間もなく刈取りなのに雑草を取る。

無意味とわかっていながら、じっとしていられないと言う。

この気持ちが有るか無いかが問題なのだ。

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