社会を惑わす『禍』という言葉

 友人が時たま小さな交通事故を起こしていたが、ついに自分の車が全損するほどの事故を起こした。

体は無事だったが、彼は糖尿病で視野が狭くなっていたのだ。

私が説得し運転をやめたこともあって、あれから2年私が彼のアッシーさん(お抱え運転手)役になっている。

 高齢者の交通事故が毎日のように報道されている。

私も近い将来運転に適さない状況になるのだろうが、事故を起こす前に運転をやめる決断ができるだろうか心配だ。

 

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カワラヒワ

 

 自家用車の普及が進んできた1970年頃、新聞によく掲載されていた『輪禍』という言葉。

今は当たり前に「交通事故」と表現しているが、『輪禍(=リンカ=陸上交通の事故)』と言う一般の辞典には出ていない言葉を、すべてのマスコミが使用していた。

行政関係者の誰かが、交通環境(道路整備・信号など)の不備に目を向かせないためになのか、「車(輪)が、ワザワイを起こす(禍)」と車が悪いと言ったのを、マスコミがうのみにして表現したのだろう。

 今度は『老禍』なんて言葉を創らないでほしいものだ。

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キジバト

ブログに使える最近の写真がないので、「happy-ok3」さんにあわせて、小鳥の写真をしばらく掲載します。古い写真ですがご了承ください。なお名称に不安がありますので訂正願います。

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ハクセキレイ

新潟米『新之助』を手に入れたら、つらつらと方言までに広がったひまな話です。

  新潟に住む子(ご婦人)から米が届いた。

友人の子で年に数回実家に顔を出すのだが、その都度新潟の銘酒を土産に挨拶に来てくれる。

 特に付き合いの深い友人の子供たちには、毎年花火をプレゼントしていたが、子供たちも大きくなると1人・2人と減って、20年程続いて最後になったのがその子であった。

 

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届いた米は『新之助』で新潟でも手に入りにくい!?とのこと。

 

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  『産地』欄には 新潟県 と記載されているが、現在の法に改正される前は、『産地』欄には 内地米 と記載されていたところ。

内地米=日本米で、外米(外国産米)との区別であったが、仕事で担当するまでは、内地米=北海道以外の米と誤解していた。

 北海道の者は(若い人は別だが)、北海道を外地と呼ばれ、それ以外を内地と呼んでいた名残が続いていたからだ。

 

 

 11月6日の雪・・・昨日の雨で解けましたが、

 これからまた大雪とのこと・・・今は晴れ。

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 本州の娘さんと友人の農家の息子の婚礼で発起人をしたとき(北海道の婚礼の多くは会費制で友人等が発起人として仕切る)

 仲人が祝辞で、「新郎は・・『部落』の有望な青年で・・・」と言い、新婦側の席がざわめいたが、地元の者はそのざわめきの意味が分からなかった。

 『部落民』と言う言葉は歴史で知っているが、北海道ではそれとは関係ない意味で、農業地区それぞれを○○部落、▲▲部落と言っていたのだ。

 このことを私が説明し理解を得たが、この一件があってから、(農家の人たちは、地域や親せきのつながりが強く、拡散されるのは早いこともあり)その後は公の場で『部落』の表現はされなくなった。

 

 

 家庭菜園の大根を雪が覆った・・・

 これしきで(この程度で)はビクともしない強い大根。

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 北海道の共通する方言には、「おばん(晩)です=こんばんは」「しばれる=凍る程に寒さが厳しい」「手袋をはく(履く)=手袋をはめる」など数えきれないほどある。

誤解を受ける言葉では、山奥を歩き続けて「こわいな=疲れたな」

また「芋煮会」は無いが、春の観桜会に対する秋の「観楓会(かんぷうかい)」

「そんなことはあっぱくさい=簡単にできる」は、粋がっている若者が使う言葉で通常は使われていないが、同様の「なまらうまい=すごく美味しい」は、観光用として意識して使われるようになってきた。

 

めんこいね(可愛いね)~甥っ子の赤ちゃん。

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高卒50周年同期会、友は若かった。

 高校同期会を終えて、事務・会計処理も無事終了。

当然に世話人の打ち上げ、また飲むのかとニヤケながら言いつつ全員参加し完結。

 

 同期会は逝去者の黙とうから始まった。

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 確認されている逝去者は18人だが、実際はまだ多いのだろう。

発表される逝去者名を聞き、あちこちでざわめく。

 

 乾杯の音頭が過ぎれば、会場の雰囲気は学生の集合体。

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 6時から始まった会も、二次会までほぼ全員が夜中の11時過ぎまで飲み、語り続いたが、もめることなく、つぶれることなく表情は元気そのもの。

  校歌もそれなりに歌っていた。

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 元気そうに見えていても、それなりの顔には年相応のものがある。

 女性のアップの写真は、シワやシミを程々に取って修正してやるのだが、本人は「写りが良いから遺影にしようかな・・・私のカメラは良くないからきれいにならないの・・・」と言うのが通常。

 彼女たちが言う良いカメラほど、クッキリとシワ・シミが表現されることを知らず、そして己の顔を自覚しよう(受け入れよう)とはしないようだ。

  同期会の参加者84名の写真をそれぞれに振り分け、プリントやCDで送付したが、CD希望者は25人。

 パソコン使用者はまだ多いはずだが、我々の年代はペーパーレスに慣れていないようだ。 

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 同期会の準備からこれまでの間、文化祭の作品(写真)出展やボランティアなどもあって、TVでさえも野球観戦がまともには出来ない状態だったから、日ハムの優勝も実感がない。

 

 冷たい日が続いていて、今シーズン3度目の雪が降ったが、天気予報では雪マークが続いている。

11月上旬にして、晩秋の候ではなく、初冬の候と表現しなければならないようだ。

XJAPANラストライブの記念ワイン

  夫婦揃って大ざっぱな生活をしている。

子供がいない2人の生活なので部屋数は少ないのだが、収納スペースをふんだんに作ったのがまずかったようだ。

 クローゼット、押入れ、タンス部屋など、一般家庭の2倍以上あろう収納スペース、それでも足りず私の書斎であったはずの部屋まで衣装ケースやダンボール箱が積まれている。

 年に数回処分しているのだが、すぐに増える。

(いつも感心しながら読んでいる、id:cutekitten03さんの

21日・22日のブログの心境を思い起こす)

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 先日も整理していたら、X JAPANラストライブの記念ワイン(空瓶)が出てきた。

 関係者に配られたのか、フアンに提供されたのかはわからないが、滅多に手に入らないものだといただいたものだった。

 私の家に集まった新年会で、皆で飲んだワインの空瓶。

そのワインのコルクには金粉がついていた。(高級なワインは、液に触れる部分のコルクに金粉のようなものができる??そうだ)

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 空瓶をほしいと言っていた人がいたが、誰だかわからずそのままに保管して長い年月になる・・・言った本人ももう忘れているだろう。

 私が「捨てる」と言うと、「ほしい人もいるはず、捨てるのはいつでもできる」と妻はまたどこかにしまった。

 何度このような会話をしたことか、そしてまた不用品が増えていく。

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 「死んだ人のものはなかなか処分できないのだから、自分のものは生きているうちに片づけて」と言われ、アルバムの一部をスキャンしたりしていろいろ私のものを処分したが、妻はアルバムなどもそのままにしてある。

 きっと私が先に死ぬと思っているのだろう。

家系から見ると私の方が長生きするはずなのだが。

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  課長になった時「給料が上がったので、月の小遣いを上げてほしい」と言ったら、「小遣いではなく、みんな貴方のものでしょう」と言われ、そうだなと思っていたが結局だまされたのだった。

 家に帰ると財布などはテーブルに置き、妻は財布をチェックして不足額を補充していたのだが、金の使い方が激しい時期、財布がチラシの陰に隠されていて補充されないであった。

 私は何も言えずその現状を甘んじて受けるだけだった。

全部私の金なのに。

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ファイターズが連勝したので、写真の追加。

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主導権を持つ者とその自覚(その3~最終)

 物事を進める場合、そのやり方はいろいろ有り、それぞれにメリット・デメリットがある。

提案者(主導権を持つ者)は自分なりに全体を考えたうえで、その方法論を提案する。

 ところが提案に対し、断片的で思い付きの意見を言う者(上司や同僚)が現れる・・・対案も持たずに。

 断片的なメリット・デメリットの論議が始まり、時には言葉遊びのようにもなる。

 大きな問題がある場合は別だが、時には上司であろうが提案者の言われるままに動くことも必要。

 行動の中で問題が起きたら、具体的に協議すればいい。

最後まで部下に主導権を持たせ見守ってやるべき。

これができない上司は大よそ責任逃れをする上司。

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 紅葉の状況を見に行くと仮設の売店があった。

300円のキノコ汁を飲んだが、小さなキノコが2個入った味噌汁に寂しさを感じた。

 気を取り戻し、コクワの実を買った(しばらく山ブドウやコクワの実を見ていないと話題になることがあったので)

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 マタタビの実の瓶詰めも買った。

マタタビに実ができること、人が食べられることを初めて知った。 

   (若かりし頃、野良猫の通り道にマタタビの枝(ツル)を置 

   いたが、2匹の猫は踏んづけて通り抜けた。

   細かく切ったらどうだ・・いぶしたらどうだ・・と知らな 

   い者とわからない者で語ったが結論は出なかった。)

 

 家に帰ってからネットで調べたら、「足が疲れ切った旅人がある実を食したら、また旅に出られるほど元気になったことから『マタタビ』と呼ばれるようになった」とのこと。

 しかし、猫が喜ぶのはマタタビの粉末、液、とあるが、実なのか枝なのかがわからない。(知っている人は教えてください)

 塩漬けしたマタタビの実は漢方のような匂いだが、コクワの実とマタタビの実を、あちこちで食させ昔話をした。

 饅頭や餅をどうして買わなかったかと妻に怒られた。

妻はコクワもマタタビも食しなかった。

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主導権を持つ者とその自覚(2)

  札幌都心で障害者の社会環境(バリアフリーなど)を、車いす利用者で調査したことがある。

終えての懇談会で、「段差で動けなく困っていた時、それを見ながら誰も声をかけてくれなかった」と障害者が発言した。

そして会場は同情の声とあわれみの拍手が続いた。

 私はためらいながらも、このままではまずいと思い発言した。

誰が声をかけるべきだったか?「手伝ってください」となぜ言わなかったのかと。

どうすれば良いのかがわからない通行人に対し「手伝ってくださいの」一言があれば、貴方の悔しさも、親切な通行人の悩みも解決したはずだと。

   (もちろん通行人から声をかけられるようになるのが理想 

    なのだが)

 皆から同情を受けて満足している雰囲気の中で、発言した私も聞く側の人にも厳しい発言だったが、これが『障害者に哀れみで接してほしくない』と言うそのもの。

主体者が、主導権を持つ者であることを自覚してほしい。

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 今日はファイターズの日本シリーズ進出決定で気持ちがいいので、写真を多く添付しよう。

 

 いつも身近な自然を美しく表現している、『ばう』(id:masatdm1951)さんのブログで、酔芙蓉(すいふよう)があった。

 『風の盆恋歌』という小説(高橋治著)や、歌(石川さゆり)の中に出てくる酔芙蓉は、寒い北海道では露地栽培は出来ない。

私の知人がこれに何年も挑戦し、数年前の暑い夏、ついに露地栽培に成功した。

記録として沢山の写真を撮って、その後彼女は再度の挑戦はしなかった。

 

朝の酔芙蓉は白い。 左上の赤いのは昨日咲いてしぼんだもの。

開花は1日限り。

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昼頃はピンク

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夕方頃

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 北海道ではヤーコンの花はめったに見られない。(温暖化で以前よりは見られるが)初霜で花が咲く前に落ちてしまう。

写真は初霜の前に咲くことができたヤーコンの花。

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夕焼け

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主導権を持つ者とその自覚(1)

 現職の時、幹部会議で「挨拶をしない職員がいるので挨拶をするよう部下に注意すること・・・」との発言と同意の声。

この発言をした者たち自身が住民から挨拶がないと言われている。

批判されている職員は、確かに会釈だけで、声を出しての挨拶がないことがある。

    (会釈が適当な場合もあるが)

 彼らはある意味気が弱いから、2段、3段高い上司より先に声をかけられないのだ。

だから、最初は私の方から声を出し挨拶をすると、彼らも声を出して挨拶し、その後は私を見かけると、先に声を出して挨拶をしてくれる。

 職場の通常は上司が主導権を持っている。

上司が先に声をかけてやれば、部下も声を出すことができる。

手を差し伸べられるのは主導権を持つ上司(強者)なのだ。

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