法の趣旨に合致していても、ダメなのです。

雪は厄介だが綺麗なものだ。

小鳥は気ままだが可愛いものだ。

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 見晴らしの良い交差点、周りに車が無い信号で青色を待つ。

海外の人は、この情景を異常に感じるそうだ。

 自動車が無ければ、安全が確認できれば、無意味な信号を無視する。(法主旨の優先)

 わが国では、決めごと・法が絶対であり、個人に現状判断は許されない。

 

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 災害時等の緊急通報装置の大音量は、行きかう人の足を止めるほどびっくりさせる。

 火災報知機の音は、避難を指示する声を完全に消してしまう。

音量を小さくすることも、途中で音を止めることも違法。

 激しい騒音の地域にあわせた緊急通報装置基準、大型施設にあわせた火災報知機設置基準。

 基準は東京に、都会にあり。と言っても過言であるまい。

 最悪の状況を踏まえて基準を作るのは良いが、

地域・場所に合わせて決めてほしいものだ。

 法の主旨を逸脱しなければ、現状に合わせた運用ができるようにしてほしいものだ。

 

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 輸入バイク販売業で、海外のレースにも出ていた方と、国による法解釈の違いを何度か語ったことがある。

 印象に残っている一つ、

 バイクのヘッドライトは「夜間前が見通せる明るさ・・・」のような表現に対し、日本の法は「・・・中心に設置・・・」など、照度から設置位置・方法まで細かく規定している。

 なので、2個並列のヘッドライトは中心に置けないから、日本で販売できなかったと。

 日本のメーカーが2個並列のヘッドライトを売り出すときには、法が変わって認められたそうだ。

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 そういえば、大手農機具メーカーの会長と懇談しているとき、農業者が国会陳情するニュースを見て会長が言った。

 動員させる者も、それを受ける議員もポーズで終わっている。

農業政策の基本は、我々農機具メーカーと一部の官僚で決めている。

大型農業機械開発の可能性を踏まえて、耕作地の拡大や基盤整備の基準を作っているのだと。

 

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 北海道では、追越し禁止かつ40キロ制限が数十キロ続いている道路がいたる所にあった。

 これが逆に交通事故の原因だとして、追越し・速度制限を長距離で継続することが禁止となった。

ところが、橋・トンネル・急カーブなど、常識的に追越しできない所を、追越し禁止から外して、長距離での継続禁止区間は無いと言う。

 

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 行政自体は馬鹿げた運用を当たり前のようにする。

大学の認可・国有地の払い下げなども、我々には理解しがたい運用と忖度で進んでいる。

 

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何を語ろうが、何の解決もできない。

ただ愚痴って見たかっただけ。

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社会生活の決めごと(基準・規定)

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  今回の文は、書いては消しで5日間。

己が決めた週1の期限が来たので、失礼ながら投稿。

ついでに、前回に続いて恥ずかしい夕陽の写真でご勘弁を。

  

 子供の頃から、手前左にご飯、右に味噌汁、・・・と教わっていた。

 だから、ご飯の上に味噌汁を置いた写真を見て、見やすく配置する心遣いに感心していた。

 ところが関西では味噌汁を左上に置くことが当たり前の事をテレビで知った。

 その番組では、右か左上か論議していたが、それぞれ地域のマナー(基準)だから、是非を問う必要はないと聞き流した。

 

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 別の日、テレビを見ていたら、

ある地域の学校で、冬休みが短縮されたことについて、

論議されていた。

 冬休みの必要性を語り、休みの短縮に反対する意見。

ゆとりある授業時間を確保するために、冬休みを短縮することを賛成する意見。

 

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 冬休み期間は、地域や学校に自由裁量があるものの、学習指導要領が基本にあるから、冬休みも必然的に一律になる。

 北海道・岩手は26日、青森24日、秋田21日、沖縄13日、他の全ては17日を基準としている。

 

 この基準日を前提に、休みが減ることの是非を長々と論ずる意義はあるのだろうか。

 冬休みが減って可哀そう、程度で納めても良いのではないかと思った。

 基準日そのものが妥当か否かを論ずるのであれば理解できるが・・・だが、おそらく答えは出ないだろう。

 

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  日常生活のあらゆるところに決めごと(基準・規定)がある。

罪を起こして○○年の懲役、後期高齢者は75歳、生活保護対象の基準、要介護認定の基準、天気予報の基準・・・・・。

そして、33年ぶりに発令した『低温注意報』の基準。

 

 これらの決めごとは、関係者や当事者それぞれの意見を集約・妥協して線引きしたものであり、それが正しいと言いきるべきたぐいのものではないだろう。

 

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  基準値に疑問を感ずることは当然であろう。

基準・規定に苦慮することがある、時には泣いている人もいる。

それでも決めごとは絶対的ものとして、基準・規定で社会が動き、人が生活している。

 

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山の上は雲だけなんですが、何か集落のように見えませんか?

ただの思い込み、雲は雲と妻にバカにされました。

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 このような事を語るには、私の表現力では無理であったと反省しているが、

基準・規定なる決めごとに対する思いが多く、もう一度試みようかなとも思う。

 

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哀れに終わった朝日の撮影。

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  町内会の忘年会にミカンを提供した。

いつもは妻がするのだが、今回初めて私が手配した。

最近の贈答で頂くミカンも普段食べるミカンも、小さいサイズで、ケチっているなと思っていた。

 

 実家に住まいしている頃、親戚のミカン問屋から送られてくるミカンは、いつもとても大きかった。

贈答の時も、小さいミカンで恥をかくことが無いように母に注意されていた。

 だから、大きいサイズのミカンにしたのだが、妻に怒られた。

大きいミカンの方が高額と思い込んでいたのだが、何時頃から価格が逆転したのだろう。

 

 新年会で名誉挽回と、小さなミカンを2箱手配した。

来賓からミカンが届いているので、瓶ビール1ケースに替えてほしいと言われた。

差額が戻ってきて、名誉挽回はかなわなかった。

 

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汚れのようなものは粉雪、逆光でゴミのよう~以下同じ。

 

 そんなことをしているうちに、1月の後半。

毎年元旦の朝日を撮影しようとしていた友がいる。

朝日が隠れて断念することは何度もあると言う。

いつ写そうが朝日は朝日だろうとひやかしていたが、最近は正月には写そうとする私の心境の変化。

  

 今年はまだ朝日を撮影していない。

朝の天気が晴れていないから、2時過ぎまで起きているから・・・。

が、1月の後半になると焦ってくる。

 久しぶりに明朝から晴れの天気予報で、目覚ましをかけ12時過ぎに寝た。

妻が目覚ましを止めて、起きたら8時だったが、太陽は隠れていた。

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 そして一昨日、天気予報を見て再チャレンジ。

7時数分の日の出に合わせ、6時30分に家を出る。

目的地に着くが雲が厚く、天気予報は今日も外れ。

ようやく雲のすき間から太陽がわずかに顔を出すが、

モヤで太陽の姿はクッキリとしない。

しまいには、小雪舞う中での撮影となる。

 

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 取りあえずの写真を掲載して、正月気分を終えよう。

今年も哀れな状況からの始まり。

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アイスキャンドル

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  アイスキャンドルは、2000年を迎えるにあたり、

自治区で記念的事業をしようと考えて、

神社やお寺の通り道にあたる町内会であることから、

多くの家々が参加して1999年の深夜にアイスキャンドルを設置したのが始まり。

 当初は、バケツに入れた水は2~3日で氷り、アイスキャンドルになった。

 近年は、12月中旬からのシバレは弱く、暖気でアイスキャンドルが融けてしまうこともあり苦労は多い。

 

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                ↑ すき間に貼付た合成写真

                団子のようなのは雪玉

 

 「今回で18回目」と「今年で18年目」 表現の仕方・単位の使い方で、感じ方は異なるものだが、妥当な表現がわからない。

 

 当初用意したバケツも水の膨張でイビツになり、芯を抜くための鉄柱は錆びだらけ。

18年たてば、元気だった者もそれなりに。

アイスキャンドルの数も年々減少して、後何年続くのか?

 

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                 ↑ 底が抜けそう

 

 80歳代の人も頑張っているのに、私からもう止めようなんてことを言える雰囲気ではない。

 我が町内会は、75歳以上・60歳~74歳・60未満、それぞれ1/3の年齢構成であるが、75歳以上の人たち本人も、周りの人たちも後期高齢者という意識はない。

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 「この年寄りが・・・」なんて冗談を言いながら、

「69歳の若僧が・・・」なんて言われながら、

今年もそんな感じで、金を使って気を使わずに、

ボチボチとそれなりに1年を過ごすのだろう。

そんな生活で十分・・・満足しているかどうかは自分でもわからないが。

高望みはしない・・・望むべきものがわからないから。

 

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大谷翔平選手の写真

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写真中「ひろし」は私が勝手に入れたもの。

 

 

  金銭的にも時間的にもゆとりがない若者が、球場に駆け付け応援する姿は素晴らしい。

野球をあまり知らなくとも、声を出すおばちゃんたちも素晴らしい。

 

 今回は、大谷翔平選手がファイターズを去り惜しむ声が多いので、大谷選手の写真を大量に。

 

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 ファイターズファンの若者に、写真をプレゼントしたいのでと協力依頼が来た。

最近の写真は無いので、友人にそれを託した。

 友人ひろしさんは、元職場での最も信頼できる後輩であり同志。

毎年沖縄キャンプにも行くほどのファイターズファン。

 早々にUSBを届けてくれ、久しぶりに懇談したが、現職の時と変わらず学ぶことが多々あった。

 

私が写した古い写真

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 ひろしさんは、球場で写した写真のうち、ホームラン・完投など、選手にとって記憶に残る時の写真を用意し、サインを頂くとのこと。

 その際、選手に対する激励と、写真の説明をするそうだ。

一言もしゃべらずサインする選手と、多少の会話を交わす選手に分かれるそうだが、

若い女性がサインを求めた場合、選手の顔は明らかに違うとのこと。

 

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 サインをしながら、どの場所から写した? どこから来た?

など、サインを求める側の事を知ろうとする選手もいるそうだ。

その質問は、フアンの苦労を知ろうとする、フアンを重んじる姿勢で、他とは人間的に違うなと感じる選手。

 そんな選手が引退すると、球団のそれなりのポストに就くそうだ。

 

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 何年もキャンプに通うと、常連仲間もできるとのこと。

北海道のメンバーは、球団側の希望に合わせて行動するのだが、大阪のメンバーはサインをもらいにわざわざ来たのだからと、マイペース・規則無視でサインを求めるそうだ。

大阪のど根性というやつか?

 大谷翔平選手もど根性で頑張ってくれるだろう。

元気なおばちゃまたちと、大リーガーとしての活躍を祈念します。

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除夜の鐘を2度聞いて新年を迎えた。

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住職が突く鐘の音は響く。

 

 私の近くの二つのお寺で、除夜の鐘が鳴る。

大晦日の夜に、煩悩の数108回鐘を突く除夜会(じょやえ)。

多くは、大晦日の夜中12時につき始める。

2回目からは新年ではないのかと、昔から疑問に思っていた。

 

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カップルの姿もいい

 

 夜中の鐘の音がうるさいという批判や、突き手が集まらなくなったとのことで、大晦日の日中に突くお寺も出てきた。

除夜会(じょやえ)の意味はどうなのかと新たな疑問。

信者でない私にとってはどうでもないことだが、関係者は色々理由付けをするのだろうか。

 

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この子は、学校で自慢するのだろうか。

顔修正の有無は、私との関係による。

 

 今年は、一方のお寺が昼12時に鐘を突くことになった。

ちなみに、軍隊に鐘が没収され、戦後新たに造られた鐘。

その寺は町内会で徒歩2分、お付き合いもあって写真を写しに行ってきた。

 多くの子供たちが集まってなごやかな雰囲気。

お菓子に釣られてくる子は少ないようだが、突き終えてご褒美のお菓子をもらう笑顔はいい。

良い経験になっただろう。

 

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良い思い出になるだろう。

 

 

 酒を飲みすぎてウトウトしていると、除夜の鐘が鳴っていることに気づく。

 除夜の鐘が静けさを増す。

 北海道の家は防音効果もあるせいか、その鐘の音も200m先の寺からではあるが、うるさいと思ったことは無い。

 

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 ちなみに、この寺では戦時中鐘を没収されていない。

 いつの時代にも力関係があり、忖度があり、力ない寺から順次没収されたのだろう。

 昼に鐘を鳴らした住職いわく、終戦直後に造られた鐘の音は劣ると。

 私にはその違いは分からないが、突き手による音の大小の違いだけは分かる。

 

f:id:isourounomitu:20180103232657j:plain孫にいろいろ経験させる73歳のおじいちゃん。

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その孫は喜んでいた。

 

 

 

 

今年1年を振り返って・・・何もなかった。

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手前の木は桜ではありません。枝に雪が・・・樹氷

 

 今年最後のブログは、意味深い内容を書くはずだった。

じっくりと時間をかけて書く予定が、書いては消しの繰り返し。

 そして今、恒例の大晦日の準備を・・・・

 私はしていない。

子どもでもできる使い走りを、妻のあごで振り回されている。

 

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 一昨日から来客が多く、足についていた雪が解けて、西日が当たる玄関の床が光っている。

穏やかな天気で年越しが出来そうだ。

 結局、いつもと変わらない、ダラダラとしているうちに、緊張感も無く今年を終える。

 

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 毎年大晦日の食堂で、「一杯のかけソバ」を親子で食べる、話題になった物語があった。

 ある日、紹介されたみすぼらしい女性は、離婚して住まいを探していると言う。

 元夫は「一杯のかけソバ」の作者。

彼は仕事もせずダラダラの毎日で、妻子をふびんにしておいて、よく書けたものだと憤慨した昔の思い。

 

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 年越しそばをふと考えて、たまたま思い出した「一杯のかけソバ」、その元夫と私は似たようなものと、無意識に思っていたのだろう。

そして、今年最後のブログをかっこよく・・・

 浅はかな思いは散って、仕事もせずダラダラと年を取る。

  

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 そんな私も、皆様とともに新年を迎えることに感謝。

何に感謝するのかもわからずに、感謝のポーズ。

 

 こんな私ですが、来年もお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

 

間もなくアイスキャンドルに灯を灯す。

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除夜の鐘

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