ここ数回私のブログの写真は花ばかり。
小鳥が目につかないし、何かを感じる風景もないから。
学生の時と30代の精神的に疲れていたとき、花を見て自分を見つめるというか、美しさを感じ、心にゆとりを感じたのは2回だけ。
ほとんどが花を美しいとは思わず、関心もなく・・・。
職場や、自室の机に花を飾られたとき、花瓶を倒して書類がぬれたら・・・と、仕事の邪魔をされた気持であった。
今は暇があれば花を撮っている。
ある日、庭の花を撮ってほしいと言われ・・・それが病みつきになったキッカケ。
見た目の美しさとは別の、レンズをとおしての魅力がある。
特に小さい花は、カメラで拡大すると目に見えなかった魅力を感じる。
ところが、花の手入れをしている人自身が、花の名前を知らないままにいる。
花の特徴も手入れの仕方も知りながら、名前を知らないことをなんとも感じていない。
綺麗であれば・好きであれば・・・それでいいのだ。
「おおらか」と言われる北海道人の特徴なのだろうか??
実家から移植したモノが10年で初めて花を咲かせたと・・・名は知らない。
(軒先の地面にはう植物(後ろは家の壁)~普通の撮影方法)
この花の後ろ(家の壁側)に鏡を置いて、空を鏡に映しバックを空(青)にしました。
右横にかすかに写る花は、鏡に映った中央の花。
青色の中央にある白色は空の雲。向かいの家や電線が入り込まないようにしました。花は2対しかありません。
花に魅力を感じたキッカ・・・ 〇 〇 のキッカケ。
キッカケという言葉を最近このブログで多用している。
いろいろな精神的・物理的条件がキッカケをつくるが、すべて何らかの出会い・・・それに感謝するか?後悔し恨むか?
かっては、「キッカケ」と「動機」の言葉が使われていた。
「動機付け」なんていうものを研究していたこともあったが、今や「動機」と言う言葉は死語になったのだろうか?
ミリ単位の花1
ミリ単位の花2