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平凡な生活は私に似合わないのか

久しぶりに落ち着いて安定した平凡な生活を送っている。

国際的芸術家の講演会・風景撮影・小さな冬のイベント・雑務処理・・・

1日一つの行事?は前向で悩まない内容である。

マスコミをにぎわしている事故・事件も聞き流す。

忙しい生活(仕事)を続けていると、こんな落ち着いた生活を望む。

「**をしたら・・・」「**をしてほしい」と言われると、

ヒマになったらすると答える。

ヒマになったら、たまにはゆっくりさせてくれと言う。

そして忙しい生活が始まる。

だが、「忙しい」とする基準は、本人(意志)が決めるもの。

仕事に追われているときほど、趣味も頼まれごともできた。

身内が死んだとき、火事にあったとき、

人は大変だねと言い、仕事や学業がおろそかになると心配してくれる。

実際は逆に仕事や学業に集中できた。

その不幸から逃れたい心理かもしれないが・・・。

仕事に追われているのが幸せなんだと人は言う。

何の悩みも無く毎日が幸せと人は言う。

どちらが良いかは分からないし、決めようとも思わない。

ただ自分が社会で・日常で存在を感じられるならば良しとする。

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